何してんだよ?
映画館の暗闇で、そうやって腰かけて待ってたって何にもはじまらないよ。
スクリーンの中は空っぽなんだよ。
ここに集まっている人たちも、あんたたちと同じように待ちくたびれている。
「何か面白いことはないか」ってさ。
そっちとこっちが違うのは、そっちは場内が禁煙になってるだろう?
だけどこっちは自由なんだよなぁ。
まぁ、映画館の暗闇のなかで格好よく堕落しようなんて思ってるんだったら、そんな、行儀よく座ってたって駄目だよ。
ほら、隣りの席にちょっと手を伸ばしてごらんよ。
ちょっとな。膝なんかさ、撫でてみてさ。
それで失敗したって誰もあんたの名前なんか知らないしさ。
誰も俺の名前なんか知らないし。
まだ新聞の見出しに、一度も名前なんか出たこともないし。
だって名もなく、まずしく、汚いしさ。
あ、そうだ。
俺、このあいだまでグリコでアルバイトなんかやってあったんだけど、
すごいつまんなくてやめじゃったよ。
グリコは一粒が300mだなんて言うけど、実際、俺はいくら舐めても、100m走るのに17秒もかかっちゃうもんな。
誰も俺の名前なんか知らない。
一度ボクサーになろうと決心して、三日ジムに通ったらもう怖くなって逃げだしちゃって、一晩中、自分の血の滲んだ包帯を見つめていた意気地無しだったもんな。
誰も、俺の名前なんか知らない。
高倉健が大暴れした映画のあとなんか、まるで自分が二三人人を切ったような顔をして、肩をいからして映画館を出ていったお前!
そうお前よ!
あのときお前に何が起こったんだ! え! 何が!
俺は忘れもしない。映画館の、暗闇のなかで、一人寂しく泣いてたもんな。
三平食堂の片隅で、カレーライスを食べてたときなんか、捨てられてたその日の新聞を読んだときのことをな……
単葉グライダー、対馬海峡に墜落。朝鮮少年ジ・ホウゲン、即死。
俺はびっくりして空を見上げた。曇りのち晴れ。時々雨。
安物の鉄パイプの翼で、飛んで祖国へ帰ろうとした無鉄砲な朝鮮人。
お前が飛んだ、その数メートルの空を羨みながら。いつも風邪のひき癖だった。
自分の重力に泣いている、鉄工所プレス工、月給が二万八千円の、人力飛行機の俺だもの。
誰も俺の名前を知らない。
貧しい工場街のヤクザな裏通り。
洗濯干場の隅っこの、または失敗続きの人生の、養老院の壁に、入れなかった大学の教室の黒板に、公衆便所の壁に、街中のいたるところに、俺は書き殴る!
自分のアリバイだ!
さあ、もう一度しか言わないから、覚えていてくれよ!
俺の名前は!
俺の名前は!
俺の名前は!
俺の名前は!
俺の名前は!
俺の名前は!
(Source: youtube.com)